Wikipediaで分かるロッテ鈴木大地③

前編はこちら

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<小学生>
静岡県駿東郡小山町出身。
足柄小学校時代は学童野球の北郷ファイターズに所属。
<中学生>
中学時代は静岡裾野シニアでプレー、当初は外野手だったが2年から遊撃手に転向。
新チーム初戦に遊撃手で出場するものの、コンバート直後で自身のエラーもあり敗戦。試合後、当時の指導者から「おまえは史上最低のショートだ」と言われ、悔しくて泣いたことだけを覚えている、と語っている。
静岡裾野シニアでは全国大会にも出場。このチームで遊撃手としての基礎を叩きこまれる。
<高校生>
高校は、当時のエースが誘われていた神奈川県の桐蔭学園高の練習に志願して参加し合格。
1年時の夏、ベンチ入りし、神奈川県予選準々決勝で東海大相模高に敗退(秋にも東海大相模に準決勝で敗退。翌年春も東海大相模に準決勝で敗退)。
2年時の夏、神奈川県予選準決勝で横浜高に敗退。秋は、準決勝で日大藤沢高に敗退。遊撃手のレギュラーに定着。
3年時の夏は神奈川県予選5回戦で慶應義塾高に敗退し、甲子園出場は果たせなかった。

小学生時代から地元の学童野球。北郷ファイターズでプレーしていました。

中学生時代。1年生のときは外野手だったそうです。
2年生から遊撃手に転向するも、初戦でエラー。
当日の監督はひどい言葉をかけたんですね。しかし大地はその時の様子をこう語っています。

「おまえは史上最低のショートだ」。試合の後に当時の指導者から投げかけられた言葉も追い打ちをかけた。
詳しい試合経過は忘れてしまった。ただ、悔しくて泣いたことだけは覚えている。それでも、野球をやめようとは思わなかった。「うまくなってやる」。涙を流しながら決意し、春の大会までの間、遊撃守備の練習に没頭した。
今になれば、厳しい叱責も負けず嫌いの性格を見込んでの発破だったということは理解できる。「シュンとならずに向かっていこうと思えた。そういう気持ちで(遊撃手として)スタートを切れたことが、良かったのかもしれない」
「失格」の烙印(らくいん)を押されてから10年が経過した2013年、鈴木は「遊撃手」としてパ・リーグのベストナインに選ばれた。

中学生時代から決して下は向かず、負けず嫌いという性格もありひたむきに成長していっているんですね。
全国大会にも出場されているそうです。

そして高校は桐蔭学園高校に入学。
1年夏からベンチ入り。2年の夏は準決勝敗退。この試合だけはやり直したいと2018年の週間ベースボールで語っています。
その後、遊撃手のレギュラーとして3年生夏の大会に挑むも結果、高校3年間で甲子園出場とはなりませんでした。

つづきはこちら

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